7.台湾写真紀行(3)
  
---台北近郊の観光スポット巡り---


1.日時:2011年11月16日~18日

2.場所

  台北近郊の以下の観光スポット3カ所(下図の矢印点)を駆け足で廻りまし。いずれもアクセスがよく整備されており台北中心部から約1~2時間で行けます。
     
 ・淡水
     ・烏来
     ・九份

台北近郊地図


3.概要
台北中心部から1~2時間で行ける観光スポット3カ所を廻りました。台湾の歴史上の遺跡が残る淡水、原住民族の里である烏来、金鉱跡の観光地九份です。これら全く性格が異なるスポットをカメラ片手に駆け足で廻りました。短時間でしたがその魅力を楽しむことが出来ました。

  * 下へスクロールすると写真がご覧になれます

(1)淡水
台北を南北に流れる淡水河の河口に位置する淡水、台湾の歴史上多くの変遷があった地域です。現在の台北が未開の時代にこの地にスペイン人が進出し要塞を築き、その後オランダ、英国など諸外国がこの地に拠点を築いた歴史上の場所です。清朝が支配するようになってから台湾最大の港湾として繁栄しましたが河口の変質でその後漁港と変身した淡水です。約1km足らずの淡水河沿いの狭い地域に中国本土より古くからの移民者が街を起こしたところです。そのためこの狭い地域に中洋さまざまな遺跡や古刹があり、また今でも古い街並み(老街)が残っております。現在は大学など設置され若者や芸術家に人気がある街です。

写真1.1: MRT淡水駅
この地にある遺跡・紅毛城の外壁を模した赤煉瓦作りのこぎれいな駅が迎えてくれる
写真1.2: 紅毛城入り口案内板
淡水駅より約1kmの淡水河河口を見下ろす高台にスペイン人が1629年に築いた紅毛城があります
写真1.3:城内の南国らしい木々
写真1.4:  紅毛城(台湾第1級古跡に指定)
サント・ドミンゴ城と呼ばれスペイン人が1629年に築いた城です。その後、この要所を列強の国々が占有争いを繰り広げています。スペインからオランダ、清朝、英国と所有権が移り、1980年やっと台湾に移りました。
写真1.5: 城内の様子
写真1.6 : 古地図資料
1570年版のラテン語地図には、すでに東アジアの島々として日本、琉球、フォルモサ(現台湾)が記されている。
写真1.7: 紅毛城に隣接する旧英国領事館の館
1867年から1972年まで使用していた
写真1.8: 紅毛城脇の古大砲
この要所を列強が争奪戦を繰り広げていた歴史が窺えますまたこの近くには砲台跡や教会など当時の古跡が多くあります。
写真1.9 :今も賑わう淡水老街
台北が未開の時代に淡水河口にいち早く開けた街並み、その当時から続く市場(老街)があります
写真2.10: 独特の街並みの飾り
また異国情緒あふれる淡水、現在は中洋折衷の大学や教育施設が多く設置され、若者や芸術家達に人気があります。

(2).烏来

タイヤル原住民の里である烏来、現在は台北よりMRTとバスを利用すると2時間あまりで行ける山間リゾート地として、また温泉場として台湾でも人気があります。この烏来はその開発に日本人も大きく係わっていたようです。日本統治時代の1921年に三井合資会社が烏来に入り製材所を開設、運搬用の人力台車線を施設したり、樟脳製造用の発電所を建設しております。それが集落や交通手段発展に寄与しています。
台北の中心部から2時間あまりで自然あふれる別世界に行けるのは何とも魅力的です。今回その烏来の自然環境に触れ、観光目玉「烏来瀑布」をカメラに収めたく駆け足で訪れました。

写真2.1:  山間の渓谷にある烏来
烏来は台湾原住民族タイヤル族(アタヤル族とセデック族の2族からなる)の里です。烏来はタイヤル語で温泉の意のようです。
写真2.2: 烏来老街入り口の独特な装飾
写真2.3: 賑わう川沿いの温泉場
無料で入れる川沿いの温泉は人気があり、小雨でも賑わっていました。なお、川を横断するワイヤー類はインフラ線のようです。
写真2.4:   老街で売られる野生果物
近くの山でとれるバナナやグアバなどが並んでいる
写真2.5: 烏来タイヤル民族博物館の展示(1)
顔に刺青(紋面)の習慣が最近まで続いていた
写真2.6: 烏来タイヤル民族博物館の展示(2)
山間狩猟民族として使った刀剣・武器類
写真2.7: 烏来タイヤル民族博物館の展示(3)
昔は首狩り(獵頭)も行われていた勇猛な部族であった・・・実際の頭骨展示に驚かされる。日本植民地時代高砂義勇軍として南方の戦地で日本軍として戦い、その武勇は有名です。しかし多くの命を落としてます。
写真2.8:  観光トロッコ
現在観光用に1.6km運用されています。もともとは日本統治時代に三井合名会社が木材搬送用に施設した人力台車が発端であり、戦後もしばらくの間烏来と現在の滝地区まで約13km敷設され資材・観光用に使われていたようです。
写真2.9:  烏来瀑布とロープウエイ
写真2.10: 烏来瀑布とタイヤル民族像
写真2.11:  烏来瀑布
この落差82mの瀑布、白糸の滝と称され観光の目玉となっています
写真2.12:  酋長のお店
酋長の娘さんという綺麗な主が経営するお店です。訪れたら立ち寄ってみて下さい。


(3).九份

斜面にへばり付くような街並みの九份、19世紀末に金鉱山として栄えた町です。しかし、ゴールドラッシュが過ぎると一気に寂れた町になりましたが、ここを舞台とした映画が1989年ベネチャ国際映画賞を受賞したのをきっかけにまた一気に観光地化したようです。昔の建物をうまく利用した懐古調の雰囲気が人気の秘密のようです。
何台のバスを連ね中学生が集団で訪れ、観光客と一緒にもまれて散策している姿も見られます。この九份の魅力、短時間の訪問の我々は理解しがたいものでした。


写真3.1: 山の斜面にへばり付くような九分の街
不便なかっての金鉱山跡地に多くの建物が建てられている何とも不思議な街並みである
写真3.2: 街中央の様子
細い階段路の両脇にいろいろな店が建ち並ぶ
写真3.3: かっての金鉱を伝える記念像
写真3.4: 街上部からの眺め
太平洋の入り江が見渡せる景観はすばらしい
写真3.5: 夕闇とともに提灯が灯される茶藝館
昔の建築様式で建てられた茶藝館、映画の舞台に使われ一気に人気が上がり、観光地化されたようです。それにしても人が多い。狭い通路階段は人であふれている。
写真3.6: 茶藝館内部の装飾(1)
九分茶坊の内部は落ち着いたレトロ調でまとめられており、よい雰囲気である。ここのテラスからの眺めはすばらしい。
写真3.7:茶藝館内部の装飾(2)
このレトロ調を求め日本人観光客が多く訪れている

(4).写真余録
  --台北街中スナップ--
海外ではその街中をぶらっと歩きますとその国の様子がよく分かります。今回圓山ホテルをタクシーで経由した後、台北の西側の保安宮から台北駅に通ずる重慶北路三段を約一時間歩きました。この道は淡水河(MRT)沿いで台北では昔から栄えていた街並みです。

写真4.1:台湾随一の格式を誇る圓山大飯店
中国宮殿様式を取り入れた台北のシンボル的ホテルです。このホテルは日本統治時代に台湾神社があった場所に蒋介石がを建てました。ここを舞台として数々の政治劇が繰り広げられた別格のホテルです。
写真4.2: 街中スナップ(1)
街中でもバイクが非常に多い。信号が青に変わると一斉に走り出す。
写真4.3: 街中スナップ(2)
街の一角の綺麗な壁構え、学校である。教育施設や子供の送り迎えなど見ると教育には力を入れていることが窺える。
写真4.4: 街中スナップ(3)
小さな店と軒を連ねて街中にも多くの小さな寺廟があります。小綺麗に飾られ台湾人の信仰深さが窺えます。



 
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