6.1 自動車用ヘッドランプの製品・技術動向
      その1: その歴史とHIDランプの出現

1.まえがき

 先日、自動車技術会が毎年横浜で開催している 「人とくるまのテクノロジ−展2008」 へ行ってきました。この展示会は今年で17回を迎え、毎年その時代の自動車に求められる課題を分かりやすく展示しており、自動車技術者だけでなく一般ユ−ザにも十分楽しめる展示構成となっております。学生の頃から自動車をいじくり回していた関係もあり、また仕事の放電技術が多少自動車に関係することからよく訪れ、今や機械・電気・ソフトウエア系を融合した総合システム物体となった最新の自動車技術から将来の技術動向などを学びとりました。

 今年は気楽な1ユ−ザとして日頃気になっていた自動車の技術ポイントを中心に見学しました。その中から昔から注目していた課題、「ヘッドランプは今後どうなるのであろうか ?」 を取り上げました。見学情報を基に昔学んだ関連技術を掘り起こしながらその後の関連文献の調査などを交え今後の方向、問題点などを少し独善的な推定も入れながら報告致します。

(なお、文章の途中に技術的なバックグランドなどを解説した少し
詳細な参考資料がPDFfileで埋め込んであります。興味のある方は赤字をクリックすれば資料が開きます)

2.自動車用ヘッドランプの歴史
 
車歴の長い人はお分かりのことと思いますが、車の進歩と共にそのヘッドランプも一歩一歩進歩してきました(図1参照)。

図1 自動車ヘッドランプの変遷((株)小糸製作所資料より)

1920年代は反射鏡に白熱電球を差し込む方式、1940年代になってガラス内面にアルミニウム膜を付けた反射鏡と前面レンズを溶着したシ−ルドビ−ム電球が現れ、明るさと配光精度が飛躍的に向上し、このタイプはかなり長く使われてきました。このシ−ルドビ−ムタイプは自動車用以外の信号等など多くの光源に影響を与えました。

そして1970年頃より明るさ(効率)と寿命を向上させるハロゲン電球があらわれ、パラボラ反射鏡と組み合わせるものや、複合楕円リフレクタとレンズを組み合わせたいわゆるプロジェクタタイプのものが現れ、これらは現在の主流のランプとなっております。

 シ−ルドビ−ム型もハロゲン電球型もその光源の発光原理はタングステンフィラメントを通電加熱し発光させる白熱電球の部類に入り、白熱電球の改良と言えます。それが2000年代に入りますと光源の発光原理が白熱電球と全く異なる新光源・・・HIDランプと固体発光のLED光源・・・が現れ使われ始めました。

この新光源の出現は自動車用ヘッドランプにとって大きな変化であります。そこでこの2つの光源についてその特徴と問題点についてもう少し詳細に述べてみたいと思います。



3.自動車用HID光源の特徴と課題
最近町を走っている車のヘッドライトが明るくなったと、また対向車のヘッドランプがまぶしくなり光色が変わったと感じられている方が多いと思います。これは最近の新車には効率が高く明るい新光源のHIDランプを装着使用している車が多くなったためです。
この自動車用HIDランプ(
HIDランプのもう少し詳細な説明・・クリックは、内部に発光物質として水銀、金属ハロゲン化物、キセノンガスなどが含まれた放電ランプ(Discharge Lamps)です。そのためこの難しい名前でなく、市場では略して単に ”ガス・ディスチャ−ジ・ヘッドランプ(GDHL)”とか”キセノン・ランプ”と呼んでいる場合があります(但し、キセノンランプの名称は全く別種のランプがあるので使用しない方がよい)。また、光源やランプをバ−ナ−(Burner)と呼び、HIDバ−ナと呼んでいるメ−カもありますがHID光源(ランプ)と同じものです。


3.1 ランプ構造と発光原理(発光原理のもう少し詳しい説明・・クリック
自動車用HID光源は、水銀とキセノンガスの他に金属ハロゲン化物(ヨウ化スカンジウム(ScI2)やヨウ化ナトリウム(NaI)など)が入っており、これらの金属原子や分子のガス放電発光を利用しております。そのためランプ内に入れる金属の種類や量を変えることにより光の色を自由に変えることが出来ます。また、ハロゲン電球と異なり振動によるフィラメントの断線が原理的に起こらない特徴を持っています。
ランプ発光管の外観形状を写真1に示します。この小さな球状の両端に電極があり、この電極間で封入された物質のガス放電が起こり、発光します。この小さなランプに35Wの電力を投入して点灯するため非常に高い輝度をもった点状の光源となり、これがヘッドランプの反射笠を高効率なものとしております。

写真1  ランプ発光管の外観(半製品)
                                                                     

3.2 特徴
  ハロゲン電球を使用したヘッドランプに比較しHIDヘッドランプは次のような優れた特徴を持っております。
   



                  表1. HIDヘッドランプの特徴

 特     徴 
   
    
 具体的な特性値など
 
                                                                     
1.明るさがハロゲン電球の約3倍と高い ・HIDランプの明るさ
  D2Sランプ:3300lm(4000K)〜2200lm(5000K)
  D2Rランプ:3000lm(4000K)〜2000lm(5000K)
・ハロゲン電球の明るさ
  HB4ランプ:1200lm(3200K)

 *lm(ル−メン)は明るさの量の単位
2.ランプの効率がハロゲン電球の3〜4倍と高い ・HIDランプ: 62lm/W(5000K)〜94lm/W(4000K)
・ハロゲン電球:21lm/W
 *効率:1Wあたりの光の量(lm/W)で表します
3.光色(光の色合い、色温度)をかなり自由に選べる ・HIDランプ:3100K(黄色みが増す)〜4000K(純正品の白色)〜5000K(青みが増す)と色温度を変えた設計が可能
・ハロゲン電球:3000K〜3200K(電球色)
 *K(ケルビン)は色温度の単位・・・高いほど青みが強くなる


4.対振動特性が向上

 (フィラメントの断線がない)
・HIDランプは放電発光のため振動による断線が原理的に起こらない・・・振動に常にさらされる自動車用ヘッドランプとしては大きなメリット・・・・長寿命になる


5.長寿命である
・上記の結果、ハロゲン電球の2倍以上の長寿命(1000〜1500時間)特性である


表1に示したようにHIDヘッドランプは優れた特性を持っているため、新車購入時に、もしオプション項目になっている場合は迷わず選択することをお勧めします。筆者も車買い換え時にこの装着項目を重視し選択しました。使用してみて、やはり可成り明るくなったことを実感し、特に夜間山間部の道路などは走りやすくなりました。

3.3 特性の信頼性について
一般照明用のHIDランプの特性をご存じの方は、
  @消灯後に再度スイッチを入れた場合確実に点灯するか(再始動特性は確実か)? ・・・再始動特性
  Aスイッチを入れた後の明るさの増加する速さは十分か? ・・・光束立ち上がり特性
などの疑念をお持ちの方がおられると思います。
結論を先に述べれば、自動車用のHIDランプはそれらの疑念を十分払拭する特性を持っております。以下にこの2点の特性についてもう少し詳しく述べます。

@再始動特性について
一般の照明用に多用されているHIDランプは点灯後直ぐ(数秒〜数十秒後)に再点灯しようとすると点灯しにくい場合があります。この現象は消灯した直後はまだランプの温度がかなり高い(数百℃程度)ためランプ内の封入物の蒸気圧がまだ高く放電が起こりにくいためです。
しかし自動車用ヘッドランプはこのような点灯のミスは安全に関わるため許されません。そのためランプに適合した20KV以上の高圧パルスを発生する始動器(イグナイタ−)を備えた点灯装置が使われております。この高い始動パルス電圧を使うことでどのような条件でも確実に点灯するように設計されております。

A光速の立ち上がり特性について

 一般照明用のHIDランプはスイッチを入れてから安定な光出力を得るまで数分以上かかります。これは点灯してからランプが暖まり安定な動作温度になるまでの時間で、光束は緩やかに増大して行きます。
しかし自動車用ヘッドランプの場合はいつ点灯してもある一定以上の明るさが得られないと支障をがあります。そのためランプと点灯装置に工夫が加えられ、点灯後速やかに明るさが増大するように設計されております。
規格では点灯直後の光速立ち上がりを
   ・点灯1秒後: 目標光束値の25%以上
   ・点灯4秒後: 目標光束値の80%以上
得られることとしております。
ランプの光量(光束)はほぼランプの温度(最冷点温度)に比例します。従って、もっとも厳しい条件は最初に点灯するときになります。ランプが前述のように小さな形状ですが電力が35Wと小さいのでスイッチを入れた後ランプが暖まるまで少し時間がかかります。そのため上記規格値にはいるために点灯直後だけランプに入る電力を増大(約2倍程度)させ明るさと温度上昇を速めるような工夫が点灯装置にされております。

B発光メカニズムについて
ランプ内の封入物として水銀とキセノンガスの他に金属ハロゲン化物(ヨウ化スカンジウム(ScI2)やヨウ化ナトリウム(NaI)が入ったランプの放電による発光動作は次のようになります。
(発光波長、光色変化のもう少し詳しい説明・・・クリック
  ・点灯直後から1秒後 :水銀の発光が主体(温度が低い場合キセノンと水銀が発光)・・・・青味がかった白色光
  ・点灯2秒〜4秒後  :発光の主体は水銀、水銀蒸気圧上昇と共に光量増大、金属ハロゲン化物の蒸気が上がり始める
                  ・・・青味がかった白色光
  ・点灯4秒〜20秒後 :発光の主体が水銀から添加金属(Sc、Na)の発光に変わって行く ・・・・白色光  
  ・点灯5分後      :安定点灯し、Sc、Naの金属発光・・・・白色光

上記の動作メカジニズムからランプが点灯直後青白く光り、その後白くなって行く僅かな光色変化が点灯初期に観察されます。


3.4 ハロゲン電球を使用している既存車の対応
自動車用ヘッドランプにHIDランプが使われ出してからまだ数年しか経っておらず、現在使われている車の大部分はハロゲン電球を使用しています。そこでランプメ−カは商機拡大としてこのハロゲン電球に代替して使用可能なHIDランプ交換ユニットを発売し始めております。しかし、ランプソケットが異なり、新たに点灯装置を設置するため、使用中の反射ユニットとの適合性など確認事項があり、車種によっては代替できない場合もありますのでデ−ラや専門店に相談・確認することをお勧めします。

・「交換時の注意点」
@HIDランプは点灯装置(Ballast、ECU)が必要

 HIDランプに交換する場合
  「HIDランプ」 + 「HIDランプ用ソケット」 + 「点灯装置(イグナイタ−とコントロ−ラ)」
 が必要です。
選択する場合はランプと点灯装置がセットになっているものを使用した方がよい。
ランプは規格化されておりますがそれぞれ個性があり、また輸入品も出回っておりますので、ランプが推奨する点灯装置、点灯装置が推奨するランプを使用した方がトラブルが少ないと思われます。

A光色(色温度)の選定
光色はその特性を示す色温度が高くなるほど青味を帯びた白色になります。各ランプメ−カは光色の異なるランプをそろえておりますのでHIDランプの場合は自分の好みで選択できます
   ・HID3000K品 : 色温度3000K・・黄色味の強い黄色
   ・ハロゲン電球  : 色温度3200K・・赤みのある白色
   ・HID新車時の純正品: 色温度3900〜4100K・・白色
   ・HID4300K品 : 色温度4300K・・純正品より白さ感が高く、明るさ感がある
   ・HID5000〜6000K品 : 色温度5000〜6000K・・青味の強い白色、明るさはやや落ちる
 但し、明るさ感と実際の明るさは若干異なり、実際の明るさは色温度が高くなるほど低下します。

最近は若い人たちがそのファッション性から光色(色温度)の極端に変わったランプを使用しているのを見かけます。しかしそのランプが車検に対応しているかどうかも確認ポイントになります。さもないと車検時交換などと言うことになりかねません。

B色温度の高いハロゲン電球について
最近、電力を変えずに明るさと色温度を上げた「ハイパワ−ハロゲン」などと称するハロゲン電球が発売されております。手軽に光色を変えられると言うことで発売されているようですが、このランプはHIDランプでなく特殊なハロゲン電球です。このランプは通常のハロゲン電球より電極が過負荷に点灯するように設計されており点灯温度を上げ、明るさアップを図り、同時にバルブに色温度変換フィルタ−層を設け色温度を上昇させているランプです。
その代償として大幅な寿命短縮(半分、あるいはそれ以上)が原理的に起こりますので十分それを確認することが必要です。経済性を考えるとこの製品コンセプトに疑問を感じますのであまりお勧めできません。競技車など特殊用途向きのように思います。




3.5 HIDヘッドランプの課題
製造物に対する環境規制が年々厳しくなっています。自動車も例外でなく各国の環境規制に対応するように各メ−カがこの項目のPriorityを高めて製造しております。
自動車用ランプに対する環境規制は、各国より一歩先んじている欧州の規制(WEEE指令「廃電気電子機器指令」やRoHS指令、ELV指令「EU自動車廃車指令」など)に対応することがまず求められており、HIDヘッドランプの改善もそれに沿って行われています。
 次回にこの規制の概要と水銀を含まない「Hg−freeHIDヘッドランプ」「LEDのヘッドランプへの適用」などの項目について解説する予定です。





 
6.最近の気になる技術