6.2 自動車用ヘッドランプの製品・技術動向
     その2: 無水銀HIDランプ(D3,D4ランプ)の製品化

  

1.まえがき
我々の身の回りで使われている製品の環境規制が年々厳しくなっています。世界的に現在の成長を持続していくとすると資源の枯渇という問題に遠からず突き当たります。従って、製品を分別回収し、再生などを促進し廃棄物の減量化を促すことが必要です。また同時に成長の過程で高い代償を払った公害問題などを引き起こす有害物質の使用規制なども必要です。これらの社会的な要請をもとに2000年代になって各種環境規制が製品に導入され始めました。
これらの影響は自動車にも例外でなく適用されており、ここで取り上げる自動車用ヘッドランプにも影響を及ぼしております。2000年代になって導入され始めたばかりの新光源HIDヘッドランプ(水銀入りHIDランプ・・・型名D1,D2ランプ)も、実は我々の表面上目に見えないところで第2世代のHIDランプ(無水銀HIDランプ・・・型名D3,D4ランプ)に変わりつつあるのです。ユ−ザ側では表面上同じように見えますが、ランプ技術としては革新的な大きな変化なのです。(なお、D1、D3ランプは主に欧州で使用されており日本での使用実績はないので、以下の記述では、水銀入りをD2ランプ、無水銀をD4ランプとして記す)
この背景、技術内容など今回は少し専門的になりますが解説します。



2.自動車用ランプを取り巻く環境規制
自動車(ヘッドランプも含む)の事実上の中心規格は次の欧州の諸規格で、世界に先行して2000年より導入され始めました。
 @製品の分別回収、再生などを促し廃棄物の減量化促す規定: 「WEEE指令廃電気電子機器指令」(2000年6月制定)
 A特定有害物質(Pb、Hg、Cd、6価Cr、PBB,PBDE)の含有規制:「RoHS指令、特定有害物質の使用制限指令」(2000年6月制定)
 B重金属4種(Pb、Hg、Cd、6価Cr)の使用禁止規定 :「ELV指令、EU自動車廃車指令」(2000年9月制定)
この中で自動車用HIDランプのHgは直ぐに代替物質がないため暫定的に規定の適用が除外され、対応技術の開発に合わせ発動時期を決定するとされています。
しかし、自動車メ−カは上記規定をクリア−すべく、部品やランプメ−カと一体になり開発に取り組んできました。

(自動車用ランプを取り巻く規格。環境規制のもう少し詳しい内容・・・自動車ランプ環境規制 へのリンク(.pdf))


3.水銀を含まないHIDヘッドランプ(D4ランプ)の開発
3.1 開発の経緯
日本では将来の環境問題から日本自動車工業会が1998年に自動車用ランプメ−カに対して水銀代替製品の開発を促進するよう要請しております。日本のランプメ−カは、一般照明用メタルハライドランプの開発の一環として水銀を入れないメタルハライドランプの検討を既に実施しており、特許出願など実績がありました。そのため自動車工業会の開発要請に対してかなり速い開発立ち上げをすることができて、水銀を含まないランプ(Hg−free Lamps)の規格案を外国に先がけまとめました。そして、2001年国際技術専門部会(GTB)に提案し、国際規格化に主体となって動き、その後IEC60809,IEC60810への規格化へと動いてきました。
Hg−freeMHランプは一般照明用としては、主に効率の点などでまだ問題があり製品化に至っておりません。しかし、自動車用にその開発内容を活かし、その国際規格を主導したことは日本のランプメ−カの技術レベルの高さを示したことになり、高く評価できます。

3.2 Hg−free Lampの開発時の問題点
Hg含有HIDランプ(規格型名:D2ランプ)の一般的な発光させるためにランプへ入れている封入物質とその作用は次の通りです。
 ・ ScI2−NaI−Hg−Xeガス(数気圧)・・・・・・点灯時のランプの電圧は約85V
   Xeガスは点灯始動時の光束を確保するためと放電プラズマ内の熱の保持のために入れております。
   Hgも似たような作用があります。

このD2ランプからHgを除外すると
 ・ ScI2−NaI−Xeガス(数気圧)・・・・・・・点灯時のランプの電圧は約20V代に低下する
   ランプ電圧が水銀含有ランプの1/4程度(85V→20V)と非常に低くなります。
   そのため規定光出力を出すランプ電力にするためには高い電流をランプに流す必要が生じます。
   電流を多く流すと、・・・・点灯装置(Ballast)が大きくなる、配線も太くする必要がある、ランプの電極部損失が
   大きくなり効率が低下、 などの多くの問題点が出ます。

従って、ランプの電圧をある程度上げる作用のあるHgに代わる代替物質を探すことが必要になります。
一般照明用のメタルハライドの開発実績から、この代替物質は
  「イオン化し難く(イオン化電圧の高い)、また蒸気圧の高いメタルハライド物質(MI・・・Mは金属、I はハロゲン)である」
ことが導き出されます。


3.3 水銀代替物質の探索
水銀に代わるメタルハライド物質を幾つか選び出し、それを良好なランプ特性になるような絞り込みが行われました。
特に下記の問題解決に多くの研究開発が行われました。
 (1) 適正な色(色度点)になるような物質・・・規格で色の範囲(XY色度図上の色範囲)が規定されている
 (2) 点灯後の明るさ(光束)の上昇度(立ち上がり)が十分であること・・・使用に差し障りの無いように規格がある
 (3) ランプ部材と反応が少なく長寿命であること・・・一般照明用より過負荷に動作するため重要な特性である
 
その結果、新たに封入するメタルハライド物質が幾つか選定されました。
例えば、
 ・ZnI2物質の封入(東芝ライテック(株))やInI2物質の封入(スタンレ−電気(株))、若干発光色に問題あるがTlI物質の封入
などが探索され、実用できることが確認されました。
(水銀代替物質とランプ特性の関係のもう少し詳しい説明・・
Hg-freeHeadLampsの特性へのリンク(.pdf))

そして、日本が主体になり、このHg-freeランプの実用化に向け国際技術委員会へ規格案が提案され規格化(IEC60809,IEC60810など)がなされました。

3.4 Hg−free Lamp(D4ランプ)の規格値
D2ランプとD4ランプの大きな特性点の違いは次の通りです。

 ランプの種類       D2ランプ       D4ランプ 
(Hg-freeLamp)
ランプ電圧

85±17V 42±9V
電極の直径

<0.3mm <0.4mm

使用上問題となる大きな相違点はランプ電圧です他の特性はほぼ同一です。



4.HIDヘッドランプ使用上の問題点
4.1 ランプ交換時の注意点
HIDヘッドランプはユ−ザ側には表面上分かりませんがD2ランプとD4ランプと言う2種類のランプが存在し、使われております。それぞれのランプに使われている点灯装置(Ballast)はそれぞれのランプ規格に適合したものになっており、相互の互換性は確保されておりません。従って、ランプを交換する場合、使用ランプがどちらのタイプか確認し、同タイプのものを使用する注意が必要です(なお、両ランプは口金は異なっています)。

4.2 環境規制に対する筆者の素朴な疑問
環境規制の強化と共に重金属などの使用がやりだまに挙がっております。現在では正しい方向かと思います。しかし、本来地球上に存在する元素は生物にたいして各々その使命を持っており、その存在意義があるわけです。近代文明が発達するこの100年足らずの期間にあまりに速い変化に人間の知識が追いつかず、公害という高い代償を払い、その正負の特性を知ったわけです。そして現在負の抑制に動いているわけです。
しかし、将来の資源やエネルギ−の枯渇という視点から考えると、もう一度これら有害元素と考えている物質を見直し、その元素のプラスの面を最大限に引き出し、マイナス面を制御する”使いこなし”が必要かと思います。例えば、ここで取り上げたHg元素、この金属は放電やランプに携わる人間から見れば「神が人類に与えしめた金よりも有用な金属」となります。プラス面とマイナス面をコントロ−ルしてこそ、本当の持続可能社会の技術かと思います。何年か後に見直しがあるものと期待しております。


*次回は最近進歩が著しい新光源のLEDを取り上げ、そのヘッドランプへの適用について少し解説致します
 
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