6.3 自動車用ヘッドランプの製品・技術動向
        その3: LEDヘッドランプの製品化

1.まえがき
 昨年の年末は不況とはいえ街のイルミネ−ションは華やかに点灯され歳末商戦を盛り上げていました。このイルミネ−ション、この1,2年に青色のものが増加していることに気がつきましたでしょうか。明るい青色のLED(LightEmittingDiode:発光ダイオ−ド)が製品化されるようになり、従来の豆電球から小電力で点滅寿命に強いLEDに変わってきているのです。
現在LEDは第三の照明用光源としていろいろな分野に使われ始めております。道路の交通信号機の光源や、LCD(液晶)のバックライトとしての使用も始まり、その色再現性の広さから鮮やかな液晶TVの実現が期待されております。また、一般照明用途でもアクセント照明、ダウンライト照明など照度が要求されない用途から使用が始まっております。
自動車用のヘッドランプについては現在新光源としてHID Lampの搭載が始まったばかりですが展示会などへ行くとLEDランプを搭載したコンセプトカ−モデルが多数出品されており注目されております。そこで、LED光源をヘッドランプに使用する場合、今までの光源とどんな違いがあるか、その構造、利点、問題点などを少し調べましたので以下報告致します。

2.ヘッドランプLED化への自動車メ−カの取り組み
 2000年代に入りLEDをヘッドランプに使用する構想が出てき、2005年以降は内外のモ−タショウ−にて各社が発表するコンセプトカ−の8〜9割がLEDヘッドランプを採用する状況になり、内外自動車メ−カのLED化開発に拍車がかかりました。
そのような中、先陣を切って2007年トヨタ(小糸製作所と共同開発)がフラグシップカ−「レクサスLS600h」への採用を開始しました。今後他社の追従が予想されます。 しかし、トヨタがカロ−ラでなくレクサスに採用したと言う点にあるように、まだ技術的な問題点が多くあるように思われます。特に、その問題点の解決と具体化にあたりコスト問題が最大の課題と思われます。LED光源を使用する場合、他の光源とどのような違いがあるのかなど以下に記します。
 

3.次世代ヘッドランプの要件
 自動車メ−カが求める次世代ヘッドランプの要件は下記ののような点と考えます。
(1)安全性のさらなる向上に貢献
 ・明るさの向上
 ・インテリジェント化対応: 配光可変・・・ハンドルの蛇角や車速に応じて見たい方向に配光変更する Adaptive Frontlighting System、夜間前方障害物赤外放射検知システム、環境に応じ輝度・光色変更制御などのスマ−トヘッドランプシステム 
(2)環境対応
 ・CO2低減(燃費低減・・・軽量、低消費電力)
 ・環境負荷物質の撤廃(Pb、Hg、Cdなど)
 ・リサイクル性向上
 ・メンテナンスフリ−化(長寿命化)
(3)デザイン性の向上
 ・小型、奥行き短縮・・・美しい見栄え(デザインの幅向上)
(4)コスト低減

LED光源は上記の諸要求に対して新たな展開が可能であるとして各自動車メ−カは積極的に取り組んでいます。

4.各種光源の特性比較
LED光源をヘッドライト光源として使用する場合、今まで使用されている光源との特性差からヘッドランプユニット設計上大きな違いがあることが予想される。そこで現在のヘッドランプに使用されている光源(ハロゲン電球、HIDランプ)とLED光源の特性を比較し表1.に示す。

        表1.光源特性の比較

ハロゲン電球 HIDランプ LED光源
  輝度 cd/mm2 20
80
1〜8
光束    lm 1000〜1600 2000〜3300 30〜100
(1チップあたり)
効率 lm/W 約20 約80 約30〜100
下図資料1参照)
寿命  hr 500 1500〜3000 4000以上
発光部大きさ
長さ*幅(直径) 
mm
5*1.5 4.2*1.1 1.8*1.8
点灯回路の有無 必要 必要
主な光源損失内容 紫外放射+赤外放射+熱伝導 紫外放射+赤外放射+熱伝導 熱伝導
(紫外・赤外放射なし)

他の光源に比較しLED光源は、1光源あたりの輝度・光束が低く、発光部の大きさ(径)が大きく、損失の大部分が熱損失であるという大きな違いがある。


「参考資料1」: 「LEDの効率と発光スペクトル」の詳細な説明
 白色光を得る方式として、LEDの発光青色光(465nm)で蛍光体を励起し黄色光を出し、青色光+黄色光で白色光を得る方式が現在のところ最も効率がよい。自動車用、照明用として現在この方式が最も多用されている。そこで、この方式の発光効率影響因子(図8)、発光スペクトルの例を下図に示す

(板東:照学誌、92−6、P303(2008)より引用)


(大利、LEDEX Japan2005、P207より引用)




4.LED光源をヘッドライト光源に使用する場合の設計上の課題

3項に記したように光源特性の違いからLED光源でヘッドライトユニットを設計する場合、他の光源と異なった設計手段が必要となる。

(1)1チップ(光源)当たりの光束(f)、輝度(br)が低いので
 @ユニット必要光束量(F)を得る手段・・・複数LED光源の使用が必要( f *n =F )・・・・・複数光学系ユニットの採用
 Aユニット必要輝度値(Br)を得る手段・・・複数LED光源を使用しても輝度は変わらず(br)・・・必要輝度(Br)は光学系の設計で解決する必要がある(課題点)・・・その場合光源径が大きいのでユニット光学系が大きくなる問題点がある(設計の課題点)

(2)光源ロスが赤外放射のない熱伝導が主体であるので下記「参考資料2」を参照)
 B基体の放熱構造の強化が必要・・・伝熱・輻射放熱構造、空冷構造など・・・LEDのジャンクション温度上昇抑制(寿命、光束・色温度変化などのLED信頼性に影響)
 Cレンズのくもり、着雪対策が必要・・・他の光源と違い赤外放射がないので前面のレンズ面の温度上昇が低い・・・着雪・くもり対策が別途必要となる

(3)点灯回路・・・電流制御回路など必要・・・この点はHIDランプと同様である


 「参考資料2」:「白色LEDのエネルギ−変換割合」、「LED寿命要因」の詳細な説明

(板東:照学誌、92−6、P303(2008)より引用)


LED光源のロスは大部分がLED素子とチップ内で生じるので、いかにその熱を効率よく除去するかが設計のポイントとなる。劣化因子は下記を参照下さい。

(大利、LEDEX Japan2005、P207より引用)



5.ヘッドランプLED化のねらい 
4項で記した今までの光源と違った設計要素があっても、次世代ヘッドランプの新しい展開がねらえるとしている。
そのねらいは次のような点である。

(1)省電力化・・・光源の低電力化
 ・燃費向上(CO2排出削減)
(2)ランプユニットの奥行き短縮
 ・車体前部オ−バハングの短縮、前部ランプ部の絞り込み対応
(3)デザインのフレキシビリティが向上・・・斬新なデザインが可能
 ・多灯式デザインや導光体の採用でデザインの幅拡大・・・・この点が大きな魅力である
(4)高機能化
 ・配光可変、光束制御、色温度可変など制御手法が容易
(4)メンテナンスフリ−化
 ・熱対策が取れれば今までの光源より長寿命(4000時間以上)
(5)低コスト化・・・現在は逆に高コストになる
 ・将来、LEDの用途展開が進めば低コストの可能性ある・・・・この点は将来課題である

6.LEDヘッドランプの設計例
  
−−小糸製作所(トヨタ)の場合−−
各自動車メ−カが開発に鎬を削る中、2007年にトヨタが同社のフラッグシップカ−「レクサスLS600h」へ世界で初めて搭載を開始しました。ここでは、その内容をトヨタと共同開発し照明ユニットを製作・納入している(株)小糸製作所の発表資料を基に見て行きます。

(1)設計の考え方

今までの光源と違いLED光源を使う場合、複数のLED光源を使って照明ユニットを構成する点が大きな違いであります。
自動車の場合、保安基準や検査基準によって守るべき配光パタ−ンが決められており、その配光を複数のLED光源を使って形成することになります。
一般には「右図上25と下26」のように、

 a.決められた同一配光ユニットを集積する方法(明るさに応じLEDユニット個数を増やす方法)
 b.個々の異なった小型配光ユニットを合成する方法

となります。実際にはこの2方法を組み合わせて全体ユニットを設計することになります。
そのため、ある意味では設計の自由度が大幅に上がったことにもなり、今までのヘッドランプのデザイを大幅に変えられる可能性があります。 この辺が性能だけでなく自動車メ−カが狙っている点と推測されます。 それでは実際のレクサスのLED光源を使用したヘッドランプユニットを見てみたいと思います。
(佐々木、LEDEX Japan2005、P387より引用)



(2)レクサスのヘッドランプユニット
下の写真は2008年の自動車ショ−に展示されたレクサスの実物ヘッドランプユニット部です。
左側のロ−ビ−ム用の三連プロジェクタランプとその下部の照明器にLED光源が使われており、右側のハイビ−ム用プロジェクタランプはハロゲン電球が使われております。非常に斬新なデザインであるとともに数々の最新技術が積み込まれています。
技術ポイント、設計ポイントの内容は同社の資料により下記に示します。


写真: LED光源を使用したレクサスLS600hのヘッドランプユニット(左側)



 a.LED照明ユニットの技術ポイント
LED5個を使用した複数プロジェクタ照明ユニットと下部補助小型照明器の組み合わせでドライバ−の視認性のよい配光パタ−ンを得ている。




b.ハイビ−ム用可視/赤外放射切り替え式プロジェクタヘッドランプ
夜間に赤外放射を利用し、障害物を暗視検知するシステム用に設計されている。そのため、赤外放射の多いハロゲン電球が使われたものと推定されます。この点は現在新光源として使われているHIDランプでもランプ内発光添加物を変えることにより、効率のよい可視+赤外放射を作ることが出来ると予想されます(開発課題)。



C.ヘッドランプクリ−ナの採用

着雪、くもり対策として、赤外放射のないLED光源を使用している照明ユニット用にヘッドランプクリ−ナが設置されている。この点はコストアップ要因である。




d.配光可変形ヘッドランプ(AdaptiveFront−LightingSystem)の採用

可変対象のランプ数が多いのできめ細かな制御が出来ると思われる

e.ヘッドランプ用高出力白色LEDの開発
今回のLEDヘッドランプを開発するに当たり、キ-となるLED光源は日亜化学工業(株)と共同開発したものである。
LED光源内の光利用効率の向上、高効率冷却構造の開発採用などにより長寿命で安定した特性を得たとしている。
LEDを使用する場合、まだ光源が高いと言われている。特性の良いLEDを高歩留まりで生産できれば価格も安くなる。今回のものがどの程度の工程で生産されているか発表デ−タがなく定かでない。

f.その他
これらの業績に対して「LEDヘッドランプの研究開発と世界初の量産車への搭載」として、自動車技術協会より2008年度「技術開発賞」がトヨタ自動車と小糸製作所の開発関係者に贈られている。自動車の歴史上の大きな進歩として賛辞をおくりたい。



7.LEDヘッドランプの今後の課題

・コンセプトカ−の使用から量産車への搭載と一歩踏みだし技術的には大きな進歩である。しかしこの流れが一気に他の車に波及するかはまだ問題があるようである。トヨタがカロ−ラでなくレクサスに搭載した点にあるようにコスト的な課題が最大の問題点であろう。
・技術内容を傍観すると、今までの光源がシンプルな照明系で実現できたものを、複数照明ユニットを使用し複雑な配光設計が求められるので高コストになるのは避けられないと推測される。なお、現在高コストであるLED光源に対しては楽観視して良いように思う。照明など他の用途の進展が急激であり、この効果で数年でかなり低下すると予想される。
・しかし、高コストでもこの複雑な設計要素が逆にデザインの幅を広げ、車の見栄えを上げる手段になる得ることから、自動車メ−カは他の車種の導入にも進むと予想される。既存光源とLED光源を適材適所に使い分けること、このあたりが解決策のように思われる。


                                                                                以上

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